所感

いまいちSNSとの距離感もわからず、細々とひっそりとこういう場所で色々書いているのだが、私は今研究をせずに何を書いているのか。

このブログには、色々と気にせずに上げていくつもりなのだが、「所感」と題した呟き・ぼやきの更新のお知らせはしないことにしている。というのも、細々とした進捗も毎日とはいかないが頻繁に上げていく可能性があるので、HPのホームのお知らせセクションが鬱陶しくなるのはデザインの観点から()避けたいからだ。

11月27日でちょうど本帰国から1ヶ月経ったのだが、躁状態を疑うほどに色々と予定を詰めて忙しなく動いていた私はエネルギーが切れかけている感じがする。いや、人との予定が多すぎたからかもしれない。人が大嫌い、というわけではないのだが、内向極まれりの一人時間が毎日12時間なければ体調が崩れる私としては、この1ヶ月間は人に会いすぎたし予定を詰めすぎである。軽躁()の自分を恨むしかあるまい。しかし友達との予定は楽しみだ。それ以外は面倒だというだけの話で。一人があまりに向きすぎている。腰痛の治療で通っている整骨院の先生にもそれとなく隠居を勧められた。私の身体に現れているストレスは殆ど全て人が原因らしい。実を言うと、早く人から離れて静かに暮らしたいと私も常々思っている。吉良吉影と求める生活は類似している。

ところで最近、読書を再開したのだが大変心持ちが良い。先日『坊っちゃん』を読んで、今は昨年買ったストイシズムの本を読み返しているのでまた感想を書くつもりだ。読書などは消費行動の中毒とは反対に位置するようだが(かなりざっくりとした話をしているので真に受けるなよ)、SNSや人がたくさん喋っている動画を見たりするのが反対に煩わしくなっている。動画中毒のようになっている人たちを横目に「ああ、一年前の私はあれだったな」と思ったりするが、生産性のあることをしたいと言いながらできていないのはなんとも勿体無い気持ちになる。他人はどうでもいいが、そこに巻き込まれないようにしたいと思う。そういう場所から距離を取ることがうまくできるようになってきて、おかげで読書は再開できたのでよしとするが、語学を再開したいと言って、やはり慌ただしくしていたのでいまだにできていない。スケジュールを組み直せということだろう。

で、研究の方はといえば、亀の方がよく進むのではないかという進みである。